キャッシュフローは自律のための道具である

キャッシュフローは自律のための道具である。キャッシュフローは危機感を醸成し、行動を起こすきっかけを与えてくれる道具である。キャッシュフローは批判的な検証によって自律的な選択を促し、人生に対する姿勢を受動的なものから能動的なものへと変えてくれるだろう。

しかし、我が国においては、家計のキャッシュフローは、住宅ローンなどの金融商品に付随して、危機感というよりも、どちらかというと安心感を得るための道具として使用されることが多い。それは、対価を払ってまでキャッシュフローを作成するという文化がまだ根付いていないため、付加的なものとならざるを得ないからであろう。だからといって、危機感を醸成するために使用するのではなく、安心感(限定されたシナリオの下での安心感)を得るためだけに使用するのでは、キャッシュフローが本来持っている能力を十分に生かし切っているとは言えない。

我が国の経済状況は、政府の近視眼的な政策に依存し続けたがために自生的な成長力が低下した状態だといえる。従って、個人は将来の資金計画に対して慎重にならざるを得ない。しかし、そのような状況にも関わらず、金融商品の購入のために作成されたキャッシュフローは、企業の利益のために、家計に負担をかけやすいものとなる傾向は避けられない。企業の利益追求自体が問題なのではない。なぜなら、それは経済発展のために不可欠な要素だからである。むしろ問題なのは、情報を受け取る個人の側が、与えられた情報を批判的に検証することなく、そのまま鵜呑みにしてしまうことである。

 

批判的に検証し、自律的な選択をする

もともと自律とは、他者や衝動に支配されることなく、自分で定めた規範に従って自己決定をするといった意味である。この考え方を参考にしながら、本稿においては、自律とは、物事を批判的に検証して、自分を律して選択をしていくこととする。

毎日は選択の連続であり、選択の連鎖が将来を形作っていく。この連鎖において、自律的な選択とは、意識的に将来の結果に大きな変化を作り出すことである。従って、自律的な選択には、必ず道は開けるという信念と同時に、将来の結果に対しての責任が伴うことになる。

批判的な検証とは、ただ単に批判することではない。それは、得られた情報が、本当に正しい情報なのか、本当に有用な情報なのかを疑ってみることである。例えば、常識を疑ってみる場合、それが原理原則にかなったものなのか、あるいは、風土などの自然的なものから生まれたものなのか、それとも、一部の人や組織の都合によって恣意的に作り出されたものなのか、といった判断を行うのである。そして、その結果として、たいていの場合は危機感が生み出されることになり、最終的に、この危機感こそが行動を起こすための原動力へとつながっていくのである。

批判的に検証することに関連して、「地獄への道は善意で舗装されている」という言葉がある。これは、二つの捉え方があるだろう。一つ目は、悪い道に陥れようとする悪人が、それを隠すためにわざと善人を装っている、という意味である。これはある意味分かりやすい。なぜなら、善人を装うのがあくまでも悪意を持った悪人であるから、そのことが判明した時点で、悪の行為をやめさせるか、距離を置くことができるからである。厄介なのは二つ目の場合である。それは、自分を善人だと信じている人が、他人を悪い方向に(多くの場合は強引に)導いてしまうことである。このことは、善意を持った人が必ずしも正しい人であるとは限らないことを表している。この場合は大変厄介である。なぜなら、その行為をやめさせるのは難しいし、距離を置くのも容易でない場合が多いからである。実は、善意をもって悪い結果へと導いてしまう行為や慣習は、世の中には少なからず存在するものだ。だからこそ、自律的な選択のためには批判的な検証が不可欠なのである。

 

まずは、支出の把握から始める

将来予定される支出を把握するだけでも、キャッシュフローは十分に効果を発揮する。なぜなら、それが一つの目標となり、行動を起こすきっかけを生むからである。そして、毎年の支出を凌ぐために、家族一丸となって稼ごうという意欲につながっていくだろう。

通常の家計のキャッシュフローは、支出のみならず収入も予測して、将来に渡っての手元の資金が枯渇しないかを把握していく。しかし、収入の予測はなかなか難しい。収入が安定している人はごく僅かで、普通の企業に勤めている人は、給与の減額もあれば、ボーナスがないこともある。さらに、転職することや会社が倒産することもありうるだろう。このように考えると、将来の収入を予測するのは、実は難しいことなのである。

たから、キャッシュフローの把握は、まずは、支出から始めるのがよいだろう。それだけでも十分に効果を発揮するのだ。例えば、ある年に収入が支出を上回って、余剰資金が生まれたとする。そうすると、ちょっと無駄遣いをしたい誘惑に駆られるかもしれない。贅沢品を買ってしまうかもしれないし、遊技場に出向いてしまうかもしれない。しかし、将来の支出を把握していれば、子供の教育費が増える時期などが明確になるため、無駄な出費を控えるようになるだろう。

 

おわりに

キャッシュフローを作成する目的を、安心感を得るためだけではなく、危機感という行動を起こすための原動力を得るための道具として捉え直す必要がある。このことは、人生に対する姿勢を、受動的なものから能動的なものへと変えてくれるだろう。

「みんなと同じだから大丈夫。みんながやっていることと違うことをするのは嫌な感じだ」といった社会主義的な思考が今後も通用するようには思えない。なぜなら、昨今の我が国の経済の停滞は、長年の社会主義的な政策が、自律した個人を育ててこなかった結果でもあるからだ。従って、今後の我が国の健全な発展のためには、批判的に物事を検証して自律的な選択を行うという態度が不可欠となっていくだろう。そして、キャッシュフローの作成はその手始めになるに違いない。

 

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