プレミアム商品券 国民を経済活動の駒として捉えていないか?

プレミアム商品券と聞いて、何か釈然としない気分になるのは筆者だけだろうか。プレミアム商品券には多くの方がさまざまな期待を込めて携わっているだろうから、やみくもに批判するのはよくないだろう。ただ、どうしても素直に受け入れる気分にはなれないのだ。

自治体のうち、何件かは成功事例が出てくるかもしれない。ただ、普通に考えて次のような疑問が湧いてくる。使い道が限定されていてそもそも得なのか(例えば、大店舗は徹底した合理化、効率化によって価格優位性を実現しているのだから、中小店舗で購入して得なのか)、需要の先食いではないか(終了後に消費の反動減があるのではないか)、事務に関わる一部の関係者だけが潤うのではないか(その結果として国民負担が増えるのではないか)、政府の借金を増やすだけではないか(子孫の未来を食いつぶすだけではないか)などだ。

ただ、筆者をすっきりしない気分にさせる一番の理由はこれらではない。その理由とは、国民を特定の消費へと誘導していくという発想がこの制度の根幹にあることだ。国民を経済活動の主体としてではなく、経済活動の駒として捉えているのだ。国民の選択に頼っていては、地方の生み出す商品やサービスに正当な評価が向けられることは期待できない、だから、計画的に誘導していこうというのだ。もし、国民の消費判断を信頼しているのであれば、税金を集めてこういう形で分配するのではなく、初めからその分は減税すべきだろう。

制度の趣旨は地方再生であり、その前提にあるのは、中小企業の再生である。今回の制度は中小企業に一時的な利益をもたらすかもしれない。しかし、これらに従事する人たちは、プレミアム商品券のもとで売上が伸びたとして、心の底からうれしいのだろうか。起業家的な人たちにとっては、むしろ、ありがた迷惑ではないか。プレミアム商品券が、事業者の信念を鈍らせたり、売上の変動が事業計画を狂わせたりして、長期的には中小企業を破壊していくことに繋がりはしないか

極論を述べると、自分が駒として使われていると気付かない人がプレミアム商品券を使用した場合は経済効果が生まれるだろうが、自分が駒として扱われていると認識している人たちが使用してもほとんど効果は生まないだろう。(自分が駒として扱われていると割り切って)プレミアム商品券を上手に使いこなした人と一部の事務関係者だけが潤って、その負担を子供、孫の世代全体に先送りすることになるのではないか

政府は経済を立て直そうと必死だ。ただ、少しポイントがずれていないか。問題は、公正な競争を歪めたり、個人の創意を失わせたりするような前近代的な慣習が社会の至るところに残っていることだろう。そういうものを地道に取り払い、個人や中小企業でも事業がしやすい市場を整えれば、多才な人材に恵まれた我が国においては、経済の復活はそう難しいことではないように思える。

 

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